石手寺の裏口?からハイキングスタート。

といっても、ずっと歩くのは車道ですけど。



山裾に沿って歩いて行きます。

「←石手寺0.3km 瀬戸風峠3.0km→」
このルートは四国のみちとなっています。



写真の分かれ道は右を。

「←石手寺0.4km 瀬戸風峠2.9km→」



みかん畑を左に、溝辺の家並みを右に下ろす坂道。
その左カーブは特に見晴らしが良くて-

  

奥道後の杉立山から、
東野東部にある関ヶ森、倉谷山、宝ヶ峯、淡路ヶ峠が、
尾根を重ねる様子がよく見えます。



カーブの先に本谷池。
左のお宅にいる犬が気まぐれに頃に吠えるので、
びっくりポイントだったりします。

みかん畑の谷間を歩きます。

みかんのシーズンはあちこちにコロコロ転がってます。

四国のみちの杭から林間コース。



この辺りは竹林。
タケノコ採りの畑になってるようで、
ちゃんと手入れされてます。

このコースは夏、涼しくておすすめ。
風が汗を冷やしてくれて、快適です。
でも、虫除けはしてって下さいね。



左∩カーブ。
向かいの尾根から吹き下ろしてくる風が心地よいです。

道後山の裏を時計回りに登ります。

くねくね道。
伊台の住宅地を行き来する車がたまに通ります。



登りきれば-

見晴らしの良い谷の上に出ます。

  

宝ヶ峯や淡路ヶ峠の向こうに皿ヶ峰連峰が見えます。

  

空気が澄んでたら三坂峠の向こうにも山並みが…。
美川峰、大川嶺です。

写真奥のカーブが-



道後山の入口です。

「←石手寺1.3km 瀬戸風峠2.0km→」
「聖徳宮参道登口」の碑。

でも、石碑裏の道は荒れてて登れません。

左の車道を登ります。
入口には車不可のチェーンが張ってあります。

坂を上がり、登りきった右カーブの先に-



配水施設があります。

  

施設に上がらせてもらうと、
伊台や日浦、松山北東部の山並みが一望できます。

その右側を行くと-

聖徳宮に着きます。
右の方に入っていくと-

こちら側から拝めるようになっています。
道後山のピークはこの先、尾根続きになってるんですけど-

尾根はヤブってて歩けません。

鳥居の前まで戻り、みかん畑へ降ります。

左を見れば、みかん畑の先にピークが見えます。
みかん畑と尾根のわずかな隙間を縫って進むと-



みかん畑の天辺に道後山のピークを見つけられます。

道後山に到着!

「本谷」三等三角点。
標高は223.65mです。

道後山、探検終了。
次は瀬戸風峠へ、向かいます。



上下に大きく変化のない山道をしばし歩きます。
時折、左側が写真のように開け、
気持ちの良い場所があります。



祝谷東町配水池のある変形四叉路。

「祝谷東町配水池」

瀬戸風峠まで行くのはパスって方は、
左折すれば、祝谷に下れます。

「←石手寺2.5km 瀬戸風峠0.8km→」
四叉路の先のカーブを抜ければ-



瀬戸風峠(手前)の展望所。

階段状に展望スペースが設けられています。
ベンチもあって、ここからは-

松山城を中心に、道後平野を見下ろせます。

ひとりごと

実はこの山道は、体がなまって来たなぁ、と思うと歩きに出かける、僕にとってはお決まりの散歩コースです。
道後公園に自転車を置いて歩いてきます。
石手寺から先は車が滅多に通らないし、さすがにここまで来ると静かです。
鳥のさえずりを耳にし、道端に咲く雑草だけど色とりどりの花を見たり、汗をかいたら風の吹き抜けるポイントを見つけて涼んだり。
この道の途中で動悸が上がってしまったら石鎚なんか到底無理、って自分を確認できる道でもあります。
同じように、この道を健康増進コースに利用されてる方は多くて、朝とか午後、結構すれ違います。
地方都市に住んでる人にとっては、こんな山道が傍にあることは普通のこと。
都会の人からしたら、家からちょっとの距離でこんなコースが得られるなんて実はとってもうらやましいことだったりします。
自分たちが住んでる街をいろんな角度から見てみるのもいいもんです。

そんな良いコースですけど、この道はゴミの不法投棄がとても多い!
道端から下を覗けば大抵、ゴミが捨てられてる!
軽トラで来て、荷台のゴミをそっくり落としていっただろう、な大量のゴミ。
農家が使った農薬や肥料の容器も結構目立ちます。
監視カメラが設置されるようになってからは少なくなりましたけど、不心得者は絶えませんね。

さて、道後山は実は今回初めて入ってみました。
あのカーブにある石碑は前から気になっていたんですけど。
あの聖徳宮ですが、ネットで調べてみるとちょっと不思議な事柄が出てきます。
こちらのサイトに載っています。
ある日、突然、神懸かりになった女性が神託により古墳時代の石棺を発掘したことに始まったお宮だそうです。
でも、こちらのサイトによると、松山市考古館は石棺が発掘されたこの場所についての詳細な情報は持ち合わせてない様子とも。
ここいらは「桜谷古墳群」に含まれ、道後山から少し西の場所で「桜谷本尊古墳」が発見されています。
石棺が出てもおかしくない場所ではあります。

聖徳宮開祖の女性は拝み屋さんのひとつだと、上記のサイトでは区分されてらっしゃいます。
実は、我が家にも戦前、拝み屋のおばあさんが住んでたことがあると、叔母が昔話をしてくれたことがあります。
うちの二階に住んでたんだそうです。
そのおばあさんは本物だったかどうかは分かりません。
でも、奉公に出された先で人知れず亡くなった先祖の存在を見事に言い当てたんだそうです。
驚いた叔母たちはおばあさんの指示に従い、川へお供え物を灯篭流しのように流して供養してあげたそうです。
戦前まで、そんな神がかりな人が結構、松山にいたそうです。
僕はスピリチュアルなことはすべて嘘八百だと思っている側ですが。
(そのくせ、オバケは怖い、見たことなくても)。
霊や霊感は別にして、拝み屋さんは一種のカウンセラーのようなものだったのでしょう。
人に言えないようなことを解消、安心できる装置でした。
「幸福は一様だけれど、不幸は人様々だ」という言葉があります。
人それぞれに悩み事を憑き物に例えて堕ろし、楽にしてあげるのが当時の祈祷師、拝み屋さんの仕事でした。
でも、なかには秘密を握ったことで、お布施と称して金を巻き上げたり、インチキお守りを売りつけたりする人もいました。
いまでもいるでしょ。
「あんた、地獄に堕ちるわよ!」が口癖でよくテレビにも出てた占いオバサンとか。
オーラが見えるとかうそぶく肥満体のおっさんもその類かな。

聖徳宮の開祖はいかなる人だったかは分かりません。
けれど、いまでもお宮にはお供え物があるし、助けられた人がいたことは間違いないみたいです。

道後山はみかん畑の頂上にあるので、無闇に立ち入ると叱られるかも…。
紹介しておいて、なんですけど…。

瀬戸風峠の手前にある展望スペースはよく知られた場所です。
いつも誰かがベンチで休憩しています。
暇をつぶしてる営業車もちらほら。
夜景をいいようですよ。
道幅が狭いので、車での通行は注意して、譲り合いましょう。
もういまは消されてないんですが、コンクリートの壁に小中学校の同級生が書いた落書きがありました。
彼は高校入学間もなくに交通事故で亡くなってしまいました。
落書きのことは亡くなってから聞いたし、見に行くこともしなかったので、なんて書いてあったのかも分かりません。
事故を起こしたバイクに乗って来ていたんだなと、あの展望所に行くと思い出してしまうエピソードです。

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