へ行こう!
雨包山山頂とウシオニ展望台 | |||||||||||||||||||
①②③④⑤⑥⑦ | |||||||||||||||||||
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①…続いて、きれいなトイレのある場所から。
右にある木段は展望台まで続いてる登山道です。
でも、今回は-
同じく展望台まで続いてる林道で上ります。
ずっと砂利道です。
踏みならされてタイヤに優しめです。
②分岐です。
山頂は右折です。
それっぽく舗装してある方は実は違います。
手書きの看板がまたありました。
でも、赤マジックの文字は褪せて判読不明。
「←恵美須神社」だけ分ります。
その恵美須神社へ行ってみました。
③分岐からすぐ、道の右側に恵美須神社さん。
この山が雨包山(=“海士”包山)と呼ばれた所以の神社です。
ささやかなお社でした。
合掌。
お参りが済んだら、先の分岐へ戻り-
砂利道を進みます。
④右カーブの、空が広い場所には桜などが植樹されてました。
木の根元には名前入りの杭が打ち込まれてました。
⑤広々としたウシオニ展望台へ到着です。
中央の建物は休憩所です。
休憩所横から眺めるとこんな感じです。
写真左が上ってきた道で、その右の木立の中に山頂への登山道があります。
また、キャタピラの作業車が森に車が入らないよう、
砂利道を塞ぐ格好で停車してました。
立派な休憩所の右側-
階段を登ればいよいよ展望台です。
展望台はフェンスで危なくないよう囲まれています。
岩の所にだけ、フェンスがありません。
岩の上に乗って写真を撮ったり、景色に夢中になったりして、
転落等しないよう、気をつけてください。
展望台からの眺めです。
西方向に開けています。
残念ながら雲がかかってしまいました。
見えるだろう海は目にすることはできませんでした。
日本晴れなら瀬戸町の風力発電風車が遠望できることもあるそう。
逆に向こうからも見える可能性もあります。
八幡浜の海で恵美須さまを拾った海士が、
高い山を求めて雨包山を目指してきたという伝説がありますが、
あながち嘘じゃないかもしれません。
西予市から大洲市にかけての山並みの中、写真右の方にある-
特徴的な山は五十崎と大洲にまたがる神南山です。
景色を堪能した後は、ひとまず休憩所で一休み。
運転疲れが癒えたら、山頂へ向かいましょう。
木立へ延びる道が山頂への登山道です。
ウッドチップが敷いてありました。
⑥写ってる間だけ、階段な部分。
ウッドチップでふかふかです。
すぐまた緩やかになって-
⑦登山道が行き止まるとそこが、雨包山山頂。
到着です!
左にミニミニ・ケルンのある山頂標。
右に三角点があります。
2塔のミニミニ・ケルン。
「雨包山 登頂記念 (1111.7m)
平成11年11月11日11時11分11秒」
“1111”と標高のゾロ目に合わせた登頂記念の山頂標があります。
三角点は歩道を挟んで-
登山記念の杭のそば。
夏草に覆われていました。
杭には子供らの名前がたくさん書いてありました。
山紫陽花は終わってたので、別の花を。
茎にヒグラシの抜け殻が付いてました。
ひとりごと | ||
想像以上にトイレも道も(まだ砂利道だけど)休憩所もきれいに整備されてて驚きました。 下のトイレからずっと歩いて登るのも◎。 さて、スクーターだと松山からはめっちゃ遠いですけど、車なら近い(?)もんでしょう。 久しぶりに肱川、城川へ。 最後に雨包山にまつわる昔話を、惣川村誌から。 宝徳(1446~1451)年間の頃、西宇和郡川之石村の雨井浦に1人の海女が住んでいた。 海女はえびす様を風呂敷に包んでさげ、格好の山を探す為に家を出た。 その後このえびす様は野井川の庄屋が見つけて持ち帰って祭っていたが、故あって惣川の庄屋の所有に帰した。 現在のあまつつみ山のえびす様は野井川の庄屋が惣川の庄屋の手に渡ったものの代りを造って祭ったものである。 |
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