鹿島のお山
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山頂へ
距離 約800m
標高差 約110m
徒歩
下記写真の場所
送電鉄塔・アンテナ施設
通行止め

いよいよ、お山歩です。
桟橋前の登山口からスタートです。

入口にある鹿島について看板。

鹿島

 鹿島は古くからあった花崗岩の中へ新第3紀中新世(1000万年以上前)頃の火山活動で安山岩が噴出し、その後長い間の浸食によって残った山と孝えられます。
島には暖地性の植物が自生し、野生の鹿が、生息しています。
島のまわりの岩礁には、海岸動物や海藻もかなり多く見られます。
島を一周する自然研究路は、自然と親しみ学んでいただくために設けられたものです。
周囲約1.5km徒歩で約30分の道のりです。

真っ正面にお堂があります。
右の白い建物は博物館、左へ行くと鹿島神社境内。
正面のお堂の左にある石段が登山道ですが-

わかり難いですが、写真中央の黄色い棒の後にシカちゃん!
いきなり、シカちゃんの歓迎を受けました。

近付くと、石段へ出てきました。
なにか欲しげに見てますが、エサも持ってないと分かった途端、
ぴょんぴょん跳ねながら、森の中へ消えちゃいました。

鹿島の森を歩けば普通にシカに会えます。
エサをもらい慣れてるので、純粋に野生とは云えないかも知れないけど、
お山で必ずシカに会える鹿島、心がうきうきしてしまいます。
登山道を歩いていると、
若い木を中心にネットで保護された木をたくさん見かけますが-

それはシカが角で樹皮を傷付けたり、
エサが無くなった時に皮を剥いで食べたりするからです。
見た目は悪いけど、シカだけに、しかたがないのです
 (^_^;)



  

キャンプ場からの登山道と合流。
この辺りで、木の上からギャーギャー、ギャーギャー、
騒がしい鳴き声が響き始めました。

道端のシダが白く汚れています。
うるさい声の主=鳥が落とした糞でした。

森の中では正体が分からなかったんですが、
帰りの船で、森から白い大きな鳥が出てくるのを見かけました。
シカは糞が付いた草は食べないだろうし、ちょっと心配。



ジグザグ登って自然に高度を稼いで行きます。

ちゃんと整備されたいい道で歩きやすいです。



ジグザグ、右へ左へ行ったり来たり。
前来た時はシカにもっと会えたんだけど、
今回は登山口で会ったっきりで、淋しいを通り越して、
数が減ってるのかな、と心配になりました。

ぎゃーぎゃー鳥が啼きやめば、潮騒と風と自分の足音だけ。

静かすぎて、逃げるトカゲの足音に大きく驚いたりして。

鹿島の森は、「えひめ森林浴88ヶ所」の59番に指定されています。
北条では鹿島と高縄山の2ヶ所が指定を受けています。



  

風早の道(左)の分岐。
左の風早の道を使っても山頂へ行けます。
城跡の二の段(二の平)へ行くには右へ曲がります。

「←風早の道 展望台→
 ↓船乗場」

道の先に明るい稜線が見えてきます。



  

横に長い平らな場所に出ました。
ここが二之段とか二の平と呼ばれてる鹿島城城址の郭跡です。
山頂への登山道の続きは写真左に。
その右横に見えてる手すりは「夕渚の道」。
遠回りですがこの道でも山頂に行けます。

  

キャンプ側の登山口にあったのと同じ案内看板。

  

鹿島城跡の解説です。

鹿島城跡

中世における伊予の国の覇者、河野氏の海城の古城跡であるが、最後の城主来島道総は豊臣秀吉の四国征伐に先鋒水軍として活躍した功により、鹿島城主に任ぜられたが、関ヶ原の戦いの際、西軍に加わった関係から、豊後国森に転封され廃城となった。
島の頂上、南角等に築城、当時のものらしい石積の崩れた姿が残っている。

参考に、鹿島城の縄張図を載せておきます。
「ニノ平」と書かれている部分が現在地です。

解説板の足元にも石積みがあります。

平地の縁に沿うように積まれています。

中程にあるログハウスは休憩所。

端っこには送電鉄塔。
山頂のTV中継施設へ給電しています。

送電鉄塔の後から、ちょっとだけ恵良山の方を見渡せます。

というのも、大木が倒れたおかげ。

  

大木に感謝して、アップにしてみました。
北条の北側の町並、腰折山と恵良山。
写真右側に高萩山、岩が森、陣ヶ森。

  

登山道へ戻り、山頂へ。

尾根の右から登って折返し、
尾根を跨いで反対側へ。



  

さっきより狭い平地に出ました。
正面の尾根沿いの道が山頂への道です。
正面以外に左右にそれぞれ小径があります。

  

左は下で別れた「風早の道」。

  

右は「子鹿の道」という、「夕渚の道」より一段高い道。
風早の道も子鹿の道も脇道なので、草が茂り気味。

  

では、真ん中の山頂への登山道へ。
すぐ上に見える建物はトイレです。



尾根の左(南東)側を登っていきますが…、あ!

やっとまたシカに出会えました! 
じっと見てるけど、エサ、持ってないんだよ、ゴメンね。

シカ除けの柵に覆われたアンテナを左に見て、右にくぃっと折り返せば-

火山性の岩がゴロゴロ露頭した山頂に到着です。



まず最初に目に入るのがTV局の中継施設。
その柵の左に、「鹿島」四等三角点、標高は114.04mです。

そして、展望台。
展望台の奥に、神功皇后伝説の「御野立の巌(おのだちのいわお)」と云う、
岩が露頭した部分があります。

階段を上がって-

展望フロアは円形のステージで、真ん中のテーブルみたいなものは-

方位盤です。
展望台から見えるパノラマが刻まれています。
昭和の展望台には方位盤がセットみたいなものでした。

2021年に再訪すると最上階の様子が変わっていました。

「恋人の聖地」の碑が立っていました。
ロマンティックな夕陽が見えるロケーションと、
縁結びの夫婦岩が選定の理由だそう。

展望台からのパノラマです。
アンテナが邪魔な北東方面を除いて、視界は良好。
5年前に来た時より木が成長して北条港など、
海岸付近が見えなくなってしまいました。
また5年経ったら北条の町並は完全に見えなくなってしまうかも。

  

高縄山を中心にアップ。
写真左から、腰折山、名石山、恵良山、高萩山、岩が森、陣が森、
丸山、高縄山、大月山、雄甲・雌甲山、横山、宅並山、要害山。
高縄山の南のすそ野越しに、皿ヶ嶺、北ヶ森、
障子山、秦皇山、黒岩岳、明神山、牛ノ峯、壷神山。

  

南から西にかけての島々をアップで。
写真左から、興居島の小富士や犬吠山、由利島、大水無瀬島、小市島、
睦月島、野忽那島、中島の泰ノ山、広島は倉橋島の岳浦山なども。
写真右の木立の隙間から見える島影は-

  

さらにアップの写真で。
写真左の、手前の島は安居島と小安居島。
奥は広島県呉市で、灰ヶ峰、野呂山、
手前に、蒲刈島の七国見山などなど。

  

視線を下に転じると、
水晶ヶ浜の沖の小島たち。

ひとりごと

ここ何年もお山歩していますが、お山でシカに会ったり、見かけたことは数えるほどしかありません。
野生のシカは警戒心が強いので2、30mも近付ければいい方です。
鹿島では登山道を歩くだけであっちこっちでシカに出会えます。
大人のシカほど、人を見慣れています。
公園のベンチでぼーっとしてる時とか、気がつくと真後ろにいた、なんてこともありました。

島のシカは、登山道側のグループと北側の森にいるグループの二つに分かれています。
でも、ぱっと見、みんな仲よさそうに群れていました。
シカたちは群れていても憶病なので、一斉に僕の方を振り返り、しばしフリーズ。
僕は道を歩いてただけでしたが、他人の縄張りに迂闊に入り込んでしまったような変な空気。
僕も自然に立ち止まってしまいました。
シカたちがフリーズしたのは、タヌキの死んだふりと同じ。
動かないことで背景と同化しつつ、相手を観察する自然な防御反応なのでしょう。
一家団欒?を邪魔したような空気。
でも、もしかしたら、人懐こいのら猫みたいなのがいるんじゃないかと甘い期待。
近付いたら、やっぱり、クモの子を散らすように一斉に逃げてしまいました。
白いお尻をふりふりしながら、凸凹斜面をもろともせず、ぴょんぴょん、ぴょんぴょん。
でも、人慣れしてる鹿島のシカは、人との適切な距離を心得ていて、逃げ切るようなことはしません。
ほどほどのところで立ち止まると、またこっちをじろり。

5年前も展望台まで登りましたが、森の中でたくさんのシカに出会いました。
けれど今回は、群れのような集団には一度も出会えませんでした。
野生だから、頭数の増減はあると思うけど、また心配になりました。
でも、夏休みだし、観光客が多い日中は人間が来ないエリアで昼寝かなんかしてたのかもね。
よくよく考えれば、麓の公園でも登山道・遊歩道でも、地面はシカの糞だらけだから、いることはいるんでしょう。

あ、シカの糞で思い出しました。
登山道もシカの糞がいっぱいコロコロしています。
海水浴ついでのビーチサンダルでお山に登るのは止した方がいいと思います。

はてさて、シカにはちょっとしか会えなかったけど、展望台からは最高のパノラマに会えました。
視程も最高で、広島・呉のお山が興居島より近く見えるほどでした。
夏は湿気が多くて遠くが霞んでしまうことも多いです。
でも、猛暑が1週間以上続いて、空気がカラカラに乾いていたせいでしょう。

山頂の平地もそうですが、鹿島城の城址です。
中世、伊予の棟梁は海賊の流れを汲む河野氏でした。
越智氏の分流が北条の河野郷に移り住み、河野氏を名乗り始めたのが初めです。
道後の湯築城に移った後も北条は守るべき大切な場所でした。
鹿島を海城のように堅めてにらみをきかせていました。
今日と同じパノラマが拡がっていたでしょう。
秀吉の四国侵攻の時などは、大船団が恐ろしいくらいに丸見えだったことでしょう。

山頂までのんびり登っても20分ほど。
海水浴のついででも、ぜひ、登ってみて欲しいです。
シカにも会えるし。

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