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| 池ノ城山、登議城山は、旧小田町北部にあるふたつの城山です。 良質な木材を産出し、小田川の清流を育む、緑豊かなお山です。 旧小田町は総面積の90%を山林が占め、その昔、田渡村と呼ばれていたこの地域も600~800mほどの山山がひしめきあい、深い森に覆われ山並みを、田渡川、大平川や無名の多くの沢が削る、純峡谷型の地形です。 谷間にはいくつもの集落が点在し、標高のかなり高い場所にも、庭先に小さな畑を持った民家が建ち並んでいるのをよく見かけます。 高齢化や過疎化が進んでいると云われていますけど、背中の曲がったお年寄りも見た目以上にお元気で、林道脇のタバコなどの作物が植え付けられた畑は綺麗な畝を描いています。 不便に勝る愛着が人々の間に消えることのない、街の人間が想像する故郷を絵に描いたような集落に出会える地域です。 池ノ城山、登議城山は、町の基幹産業である林業を支える緑のお山です。 森の中には絶えず、チェーンソーや草刈り機の音がこだましています。 山仕事用に林道、作業道など、地図に載っていない道が多数あり、それぞれの山頂にはそんな道を使って比較的楽に登ることができます。 ただ、迷路のように枝分かれするため、正解のルートを見つけるまでが大変です。 登議城山は、別名・伽城山と書く、山上にあったと云われる伽之城に由来しています。 城主は、村では日野殿と呼ばれていた城戸右衛門尉で、日野殿の名は、旧日野々川村の名の由来とも考えられています。 城戸氏の館、土居屋敷が西麓の宮ノ本にあるそうです。 池ノ城山は“いけのなるやま”と読みます。 城址はすでに消滅し、お城があったという伝承のみが残されています。 けれど、広田には総津に立花城があったのみだと云われています。 広田では“シロ”は、山腹の平坦地や、水田用に開墾した土地の呼び名としても用いられます。 また、“ナル”は、高所の平地や山腹の緩斜面の呼び名です。 “ナル”は漢字で“成”と書き、“成”と“城”は字が酷似しています。 「“土”地が“成”る」と書いて“城”という当て字で、城郭・城砦の意味ではない可能性があります。 |
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