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北向地蔵尊から

平井から
潮見山、枝朶下池から
潮見山、斉院木橋から

行基山(ぎょうきやま)
愛媛県松山市平井
標高211m
明神山(みょうじんやま)
愛媛県松山市平井
標高161m
▲山頂の三角点
点 名 向井
種別等級 四等三角点
地形図 松山-松山南部
緯 度 33°49′00.7224 
経 度 132°50′33.3277 
標 高 161.08m
所在地 愛媛県松山市平井町乙635番地
潮見山(しおみやま)
愛媛県松山市北梅本
標高215m
行基山明神山潮見山は、松山市平井・北梅本にあるお山です。

高縄山地の南端にあり、観音山山塊の南尾根の末端にあるのが行基山・明神山で、平野に飛び出したような格好の明神山南尾根の先端は明神ヶ鼻と呼ばれています。
その行基山・明神山と小野川を挟んで対峙する潮見山は、高森山・岩伽羅山山塊の南西端に位置する独立丘陵です。

古来、古矢野神山と呼ばれていた観音山・小屋峠に接していた小野・平井・梅本地域は神山郷とも呼ばれていました。
明治の町村制施行では久米郡小野村と改められたこの地域は、久米の地名の由来になった伊予来目部小楯の屋敷跡(自衛隊駐屯地脇の播磨塚)があるなど、古来から開けた地でした。
古代久米郡域の東端付近に位置し、古墳も多く出土しています。
6世紀中頃の前方後円墳の葉佐池古墳や、潮見山古墳群・明神ヶ鼻古墳群、6世紀後半から8世紀後半にかけての須恵器の窯址が17基も確認されている潮見山南窯址や、駄馬姥ヶ懐窯址など多く存在しています。

また、中世には城砦も多く築かれ、行基山城、小山城、丸山城、明神ヶ城、西の谷城、有田児山城などが記録に残っています。
行基山にあった行基山城は明徳(1390~1394)・応永(1394~1428)の頃、得能通興によって築かれ、嘉吉三年(1443)に比叡山で討死した後、河野左馬之助という人物が居城しました。

久米氏の祖神を祀っている南久米の日尾八幡神社は、元元、小屋峠(久米古矢野神山)に奉祀されていましたが、洪水で社殿が流出、一時、この明神ヶ鼻に遷座していました。
けれど再び、出水被害に遭い、二体(夫婦)の御神体も流されてしまいました。
御神体のひとつ、伊予比売命(女神)が漂着したのが現在地の近くです。
もうひとつの伊予豆比古命(男神)は天山の縦淵まで流され、椿祭りで有名の椿神社(伊予豆比古命神社)に祀られています。

明神山はNTTドコモのアンテナ施設があるため、山道など、アクセスは容易です。
明神ヶ鼻からも踏み跡が続いています。
行基山も山道が通じていて楽ですが、竹林から上、山頂部分に行く道は特に開けていません。
潮見山はまったく登山道が整備されていません。
北尾根からシダに覆われた最短ルートで直登するか、南西尾根からヤブに隠されたけもの道をたどるしかありません。
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7.5km 800m 斉院木橋
行基山 600m 潮見山
明神山 駄場橋
600m 葉佐池北谷
800m 1.3km
明神ヶ鼻
平井 1.2km
水泥町
伊予鉄道
横河原行き
松山市駅
平井駅
伊予鉄バス
川内線


松山市駅 平井 水泥
伊予鉄道
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