





登山口から |
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愛媛県大洲市肱川町大谷、西予市野村町高瀬にまたがる、標高689mのお山です。 四国百山。 御在所山はカルスト地形で有名です。 約1時間半で周回できる登山道沿いに、多数の石灰岩が奇岩のごとく露出しています。 同じカルスト地形の大野ヶ原や五段高原とは趣が異なり、御在所山のカレンフェルト(林立した石灰岩)は森に抱かれ、碧く苔むしています。 “カルストの森”は4つに分けられています。 特に尾根部分に位置する第4カルストの森は、カレンフェルトの間を抜けたり、越えたり、石灰岩に直に触れながら歩くことができます。 第4カルストの森の最後の大きな岩塊の頂点には「天狗の足跡」があります。 (“御在所”と“天狗”は他所でも見受けられる不思議な結びつきです。) 今は人工林と自然林に包まれている山頂も、その昔はカヤ場だったそうです。 白石地区に現存する茅葺き屋根に葺くための大切なカヤ場でした。 カヤ場だった頃は白い石灰岩が麓からもよく見えたそうです。 “御在所山”は地図に記載されているだけでも全国に6座ほど有り、愛媛県内にも直線距離で約15km近くの場所(城川と広見の境)にひとつあります。 高知県香北町にも1座あります。 四国の“御在所山”は、平家の落人伝説に由来していると云われています。 壇ノ浦の戦いに敗れた平家一門は、まだ8歳の安徳天皇と共に麓の大谷地区まで落ち延びたそうです。 (安徳天皇は、2歳で即位するも平清盛に実権を奪われ、5歳の時には源義仲の入京で都落ちしました。 太宰府から屋島へと転々としたあげく、史実では、壇ノ浦で祖母である平時子に抱かれて入水、崩御したとされています。) けれど、源氏の追っ手が迫ったため、更に山奥へ、白石地区に移り住んだんだそうです。 その時、財宝が源氏の手に渡ることを恐れた彼らは、今は第4カルストの森と云われている場所にある祠附近に、財宝を埋めたそうです。 (幼帝と共に壇ノ浦に没した三種の神器のうち、神璽は引き上げられ、宝剣は失われたとされていますけど…。) 山の風情が京の都を思い出させることから、御在所山と名付けられたとも伝えられています。 山頂の祠は伊予の国の神様が真っ先に訪れた場所と云われ、願い事がもっとも叶う場所だそうです。 白石地区の住民らによって手厚く護られています。 御在所山登山口は、“御在所自然の森”として、キャンプ場、バンガローなどが設置されました。 同時に登山道も整備され、展望台のほか、各所にコースの目印代わりになりそうな土管の灰皿が点点と配置されました。 けれど、一時的に管理されなかった時期があり、展望台横のトイレなどは水が来ていません。 その影響からか、大洲市の観光情報サイトからも外れていたり、県道からの道標も少ないです。 現在は肱川町森林組合によって運営され、案内所も無人ではありません。 案内所に住んでおられる方はとても親切で、登山口で出会いますと道順など、詳しく親切に教えていただけます。 約30万年前のものと推定される日本最古の炭が肱川町の鹿の川洞窟から発見されたことを契機に、当時無人だった管理棟を借りて移住してこられたんだそうです。 ※管理棟に住んでらっしゃいますけど、お山の管理人さんではないので、道標が無くて迷ったとか、苦情などは直接、役場へ。 “炭は地球に一番優しい”を合い言葉に様々な炭焼きを実践されてらっしゃいます。 案内所から道を挟んだ青い小屋が竹炭館で、イガがそのまま炭になった栗や元の姿で炭化した野菜や果物など、いろんな炭を見学でき、表にある木の炭は持ち帰ることもできるそうです。 下山後、炭焼き過程に発生した熱を利用して沸かした大きなお風呂に入れるかも。 |
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鹿野川大橋へ
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| →宇和島バス | ||||||||||||||||||||||||