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西側から見た東明神の山並み

餓鬼ヶ森山頂から
船山(ふなやま)
愛媛県久万高原町東明神
標高910m
▲山頂の三角点
点 名 船山
種別等級 三等三角点
地形図 松山-松山南部
緯 度 33°41′53″.4183
経 度 132°53′11″.0521
標 高 910.02m
所在地 愛媛県上浮穴郡久万高原町大字東明神字船山乙645

松笠山山頂の松笠城址の碑
笠松山(かさまつやま)
愛媛県久万高原町東明神
標高約850m
※三角点はありません。

本組地区・国道33号線上から
餓鬼ヶ森(がけがもり)
愛媛県久万高原町東明神、畑野川
標高954m
▲山頂の三角点
点 名 餓鬼ケ森
種別等級 四等三角点
地形図 松山-松山南部
緯 度 33°41′27″.3629
経 度 132°54′19″.8088
標 高 954.44m
所在地 愛媛県上浮穴郡久万高原町大字畑野川字西ノ浦乙102の3
皿ヶ嶺から南へ、久万の町に向かって連なる山並みに船山笠松山餓鬼ヶ森はあります。
山はほぼ植林帯に覆われています。
林業は久万高原町の基幹産業で、森は大切に管理・育英されています。
切り出された丸太は加工され、その一部は地産材を使っての木造化が進む町内の公共施設建設に利用されています。

江戸時代、上浮穴一体には松山藩の御用林として御山奉行が置かれ、育林が奨励されていました。
明治6年に吉野から移り住んだ井部栄範が大宝寺の所有地にスギを3,000本を植林し、明治14年までに163,000本もの植林をしたのが、林業地としての始まりと云われています。
その後も井部は植林普及に努め、約500haの土地に約415万本もの植林を推し進めたそうです。

笠松山山頂には笠松城址の石碑が建っています。
笠松城は天正2年(1574)頃は鶴原和泉守三郎兵衛が居城しました。
河野氏により現在の大洲から久万大除城へ迎えられた大野氏の支城で、土佐の長宗我部による伊豫侵攻を防ぐための重要な防衛拠点として機能しました。

笠松山の標高が868mと記載されているものがありますが、多分に間違いです。
地図上に868mの標高点が打たれた山頂は北隣のピークで笠松山山頂ではありません。
等高線では850m以上、私のGPSでも855mくらいでした。

餓鬼ヶ森は、「がけがもり」と読みます。
素性の知れぬ怪しい行者や、女子供を連れ去る鬼が住む山という謂われから、餓鬼ヶ森と呼ばれるようになったのだろうと云われています。

山頂部は露出した岩塊で、登攀用のワイヤーが吊されています(比較的安全に登れる巻き道もあります)。
山頂には展望を遮る木木も少なく、愛媛と高知県の境界をなす山並みから、中津明神山、四国カルスト、桂ヶ森や黒森山、三坂峠越しに瀬戸の海まで見渡すことができます。
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船山
28.7km 900m
久万CC入口 500m 2km
3.2km
笠松山
餓鬼ヶ森
伊予鉄バス
久万営業所行き
松山市駅 本明神

JR四国バス
松山高知急行線
松山駅 中組
JR四国バス →伊予鉄
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