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| 古三津山、東山、北山、久万ノ台は、松山市街の北西にある太山寺山塊南東にある山山です。 経ヶ森(203m)を頂点とする太山寺山塊は、三津・高浜の海沿いに標高150m前後のピークを連ね、周囲には標高50mほどの丘陵が点在しています。 古三津山は、太山寺山塊の南東端に位置し、東山、北山、久万ノ台は、太山寺山塊と衣山丘陵を繋ぐように点在しています。 古三津山、東山、北山、久万ノ台の山名は現代の地図に載っていません。 衣山丘陵が宅地開発によって姿を変え、久万ノ台周辺にあったいくつかの小ピークも住宅街に埋没し、古い山名も地図から消えてゆきました。 古三津山の名は明治期の地図に見られ、東山、北山は町名や三角点の点名に残っています。 古三津山山麓から久万ノ台にかけては古墳が多く出土しています。 船ヶ谷古墳群、北山古墳群からは、古墳時代の棺式石棺、須恵器などが出土しています。 東山町古墳群は、古墳時代の古墳です。 久万ノ台古墳群は、弥生・古墳時代の須恵器・土師器・鉄器・玉などが出土しています。 古くから拓けた土地であったことが伺えます。 古来から農耕、居住に適していたこの一帯は、昭和の高度成長期までは田んぼの中に集落が点在するような田園地帯でした。 現在は田畑が宅地に置き換わり、役目を終えたため池も埋め立てられ、団地や大学のグラウンドに変わりました。 山裾まで家並みが迫り始めた山山は、日当たりのいい斜面を中心に柑橘系の果樹園に利用されています。 その一方で、耕作放棄されたみかん畑も増えていて、ヤブ化した雑木林が拡大しつつあります。 久万ノ台は公園として整備され、東山、北山はみかん畑が健在で山頂へのアクセスは容易です。 古三津山も山裾がみかん畑で容易に登れますが、山頂部分だけ混んだ雑木で覆われています。 |
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