





北斎院町陸橋から
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| 弁天山は国土地理院の地図を始め、大抵の地図に載っていますが、垣生山、津田山の名はみられません。 三角点が弁天山山頂にあり、そのために弁天山のみが地図に名前が残ったのかも知れません。 垣生山直下を貫通する新空港通りのトンネルの名も“弁天山トンネル”となっています。 ちなみに、弁天山直下には宮前川の放水路が貫通しています。
弁天山、垣生山、津田山は上空から見ると“エ”の字状に山並みが連なっています。 北の弁天山、南の垣生山、南北を繋ぐハブ的な尾根にあるのが津田山です。 松山城や市街地の高いビルなどから遠望する弁天山山塊は小山のようでも、4つの町にまたがった、南北になだらかで大きな尾根を有しています。 山の西側、海との間は帝人松山工場を始め、コスモ松山精油所など工場地帯が拡がっています。 西以外は宅地と田畑が混在し、昨今は特に空港通りを中心に宅地化が急速に進行しています。 緩やかな斜面で形成された山塊には、日当たりのよさを活かしたみかん畑などに利用されています。 稜線まで拓かれたみかん畑にある農道を使えば、山頂に楽にアクセスすることができます。 いずれも標高120m前後の山頂ですが、松山平野を取り囲む高縄山系、石鎚山系、皿ヶ嶺連峰、双海の山並みまでパノラマを楽しめます。 垣生山山頂には展望台と公園が整備されています。 中世、埴生山城という城砦が築かれていました。 城主は代々、埴生氏で、豊臣秀吉の四国攻めで河野通直が降伏したと同時に城を明け渡しました。 江戸時代は、垣生山及び西麓は“お鷹場”でした。 |
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